2017年12月18日月曜日

苦手を克服したいあなたへ

 
人はひとりでは生きていけません。
 
でも、人とうまくやっていくのは案外難しいことです。
 
周囲の人とのコミュニケーションがうまくとれないことで悩んでいる方は大勢います。
 
生理的に苦手な人、
話が合わない人、
価値感がまったく違う人など、
その人と何を話したらいいのか、どう話したらいいのか分からない相手と
コミュニケーションをとるのはストレスですよね。
 
そういう相手と話さないでいいのなら、話さないでいる、
もしくは距離をおくのが、方法としては一番いいのかもしれません。
 
しかし、どうしてもその人とコミュニケーションをとらなければならない時、
あなたならどうしますか。
 
カウンセリングをしていて何度となくお伝えするのは、
相手を変えるのはとても難しいことですよということ。
 
相手を変えるために使うエネルギーは莫大ですし、
変えられない可能性の方が高いの現実です。
 
となると、方法はひとつ。
自分が変わるしかないのです。
 
「自分が変わる」
簡単にいうけど、何十年もかかって培ってきた自分の価値感、
考え方や感じ方、コミュニケーションのとり方など、
いずれをとっても変えるのは至難の技です。
 
しかし、「目からウロコ」という言葉がありますが、
何かがきっかけになって、こだわりを捨てたり、
意識を変えたり、勇気を持つことで、変化をもたらせることは出来るのです。
 
それを助けるのに「認知行動療法」はなかなか役に立つと思います。
 
認知行動療法は自分の感じ方や考え方を先ず、外に出し、言葉にすることで、
客観視するところから始まります。
 
いつものパターン、ド壺にはまる行動様式を見つけられたら、しめたものです!
 
自分ひとりでは客観視するのが難しいことも、
カウンセラーと共に
セッション中の会話やアセスメントシートにご自身が書いた言葉から、
「変える」ポイントをさがします。
 
それを行動に移すのはあなた自身です。
 
カウンセラーは側で寄りそい、そっと背中を押す役目をします。

2017年11月25日土曜日

認知行動療法には卒業がある

 
今日は久しぶりにいいお天気だし、暖かな朝です。
風もなく、太陽の光が窓辺に射して、ただ、それだけで幸せな気分です。
 
さて、心理カウンセラーのところにいってみようかしらと悩んだとき、
皆さんはどんなおつもりでカウンセラーを検索しますか。
 
「1回会って、悩みを打ち明け、おしゃべりすればスッキリしておしまい」ですか?
「きっとカウンセラーがいろいろアドバイスをしてくれるから参考にしよう」ですか?
 
いずれも当カウンセリングルームの方針とはちょっと違います。
 
悩みは1回話してスッキリ解決とはいかないことがほとんどですし、
そんなに簡単に解決できるなら、わざわざカウンセラーのところに行かなくても
きっとご自分で解決できるはずです。
 
そう簡単に何とかならない悩みはもっと根が深いというか、
ご自身の考え方や感じ方、行動の仕方などの問題があることがほとんどなので、
根本的にご自分を見つめ直したり、考え方や捉え方を変える必要があるのです。
 
それには1回だけのセッションでは無理で、
少なくとも3回から5回、ある程度詰めてセッションを受け、
ご自分を客観視できるようにならなければなりません。
 
その後は月に1回ぐらいのペースに落として、
1年から2年ぐらい通ってきている方がほとんどです。
 
しかし、ずっとそうして通っていなければならないわけではありません。
 
ご自分の考え方がネガティブな点、自分を攻めてしまいがちな点、
あるいは相手を責めてしまう点など、ご自身を客観視出来るようになり、
ジュニアと呼んでいるのですが、もうひとりの冷静な自分と相談しながら、
ご自分をコントロールできるようになれば、
認知行動療法は卒業です。
 
その頃になると、一緒に振り返りながら、ご自分一人でうまくやっていけそうか
ご相談します。
 
そこで、卒業する方もいますし、2ヶ月に1度ぐらいに回数を減らして、
安心やリセットのためにセッションを受けている方もいます。
 
2ヶ月に1度、美容室で髪をカットするような気持ちで、
今の自分を整えるためのセッションです。
 
でも、その間に緊急事態勃発で、誰かと揉めたり、
自分のストレスやモヤモヤが解決できない事態に陥った時は、
メールをいただいて、即、お目にかかってセッションを行います。
 
認知行動療法は「自分で出来る認知行動療法」などというタイトルで
本やワークブックが出ていますが、
なかなか自分一人でするのは難しいのが現実です。
 
しかし、自分のことは自分でわかるように客観視できるようになれば、
ひとりで解決し、乗り越えられるようになるのです。
 
そこまでをお手伝いするのがカウンセリングです。
 
認知行動療法には卒業があるという意味は、そういうことです。
 
カウンセラーやカウンセリングルームを探す一助として、
ご自分がどうなりたいのか、何が苦しいのか、
少し見つめてから、目的に叶ったカウンセラーをお捜しなるといいと思います。

2017年11月23日木曜日

漠然とした不安

 
こんにちは。
まだ11月だというのに、冷たい雨が降って1月並みの寒さだそうです。
こんなお天気だと、気分が上がらないですね。
 
今日は、はたから見れば何が不満?というようにみえる不安についてのお話です。
 
人生も60年あまり過ぎてくると、
若い時とは違った思いに駆られるようになることがあります。
 
それまでは結婚して子どもを設け、子育てに必死だったり、
仕事に打ち込んであっという間に時が経ったりした方も、
子どもが成人して独立したり、仕事も定年になることで、大きく一段落します。
 
それは本当に嬉しいことであり、安心出来ることなのですが、
一方で役目を終えた寂しさや世の中から必要とされていないような疎外感に
さいなまれる方も多いのが現実です。
 
さあ、これからは自分の時間よとばかり、趣味の時間を増やしたり、
健康保持のためにいろいろ始めたりしても、
なぜか心が満たされず、
理由のない不安な気持ちに襲われたりします。
 
生活に困らないばかりか、ある程度の余裕のある暮らしをしているし、
子供達もそれぞれ幸せに暮らしているし、
どこといって悪い病気や辛い身体症状があるわけでもないのに、
なぜか、急に胸が苦しくなったり、どこにも出掛けたくなかったり、
食事の仕度や家事が面倒で何もやる気がしないなど・・・。
 
自分でもわけが分からないけど、
どうしようもない状態です。
 
夫や子どもに話しても分かってもらえないだろうことが分かる、
そんなやり場のない不安を抱えがちなのが60代や70代と言えるかも知れません。
 
発達心理の見地からいうと、この年代は人生の達成感を味わいたい時期で、
今まで培ってきたものや経験してきたものを、
次の世代にバトンとして渡せることに歓びと意義を見出す年代と言えます。
 
バトンは自分の子どもや会社の後輩、全く他人の次世代の若者など、
だれに引き継いでもいいのです。
 
それがお金に換算されることには重きを置かず、
自分の生きてきたことが活かされることそのものに意味があるのです。
 
よく、定年後は生きがいをもちなさいとか、
子育て後の空の巣症候群にならないように趣味をもちなさいとかいわれますが、
何をしても不安な気持ちがぬぐえない時や、
意味や生きがいを感じられないときは、
ご自分の人生を振り返り、慈しみ、自信を持って、
何をしたら充足感をもつことができるのか考えていただけたらと思います。
 
自分に何が出来るのか、
もう若くはない、若い時のように動けないなどと、ないことばかりに注目せず、
今、あるものや出来ること、若い時期にはなかったものやできることに気づいて、
活かせる道がみつかるといいですね。
 
カウンセリングルームでは、そんな四方山話のようなお話の中から、
徐々にご自分を見出していかれる方もいらっしゃいます。
 
あいまいもことした不安、
それを吐き出しに、どうぞいらしてください。


2017年10月28日土曜日

瞑想の効果

 
こんにちは。
今日も何だか寒いですね。
 
毎日、お天気も心模様もすっきり晴れ晴れというわけにはいかないのが人生。
晴れの日もあるけど、曇りの日も雨の日もあります。
そして、今日みたいに10月末だというのに台風の影響を受けたり・・・。
 
四季の感覚とはずれて、寒かったり暑かったりもしますよね。
 
自分の思い通りにはならない時、
何だかもやもやして考えがまとまらない時、
自分の意見や考えが、人と対立している時など、
少し心を落ち着け、自分自身と向き合うことが必要です。
 
そんな時、オススメなのが瞑想です。
 
椅子に腰掛け、床にしっかり足がついている状態で、
膝の上に手のひらを上にして、手を置きます。
 
目をつぶり、額の上の方を意識して、そこから天のエネルギーを取り込みます。
エネルギーを上手に取り込めた人はそのエネルギーが体の中に入って、
首から肩、肩から手の先へとじわーっと何かが流れるのを感じるでしょう。
 
そのエネルギーを体の中心にも通して、そのまま足の裏から地球の真ん中へ。
地球の地軸にフックをかけるつもりで、地球の奥底を意識し、
また、引っ張り上げるようにエネルギーを足裏から戻し、体を巡らせます。
 
そうして、エネルギーに満たされた状態で、静かに目をつぶって、
今悩んでいること、モヤモヤしていることなどを、自問自答します。
 
瞑想しながら、雑念も次から次へと湧き上がって来るかも知れませんが、
そのまま、それを流していく内に、
ぽっかり、新たな答えが降りてくることがあるのです。
 
心を鎮めて、ゆっくりした時間の流れの中で、
考えるとも感じるともなくいる内に、自然に導かれる感覚です。
 
無の境地などといいますが、人間、そんなに簡単に無にはなれないのです。
雑念と煩悩と私利私欲と・・・みたいなものにまみれているのが人間です。
 
それでも、静かに目をつぶり、
天からのエネルギーが体に満ちるのを感じながら瞑想するとき、
私はジュニアと呼んでいるのですが、もうひとりの自分、
ハイヤーセルフとも魂ともいえる高次の自分が何か示唆を与えてくれるのです。
 
私のカウンセリングは、決して、スピリチュアルなものではありませんが、
平たくいうと、もうひとりの自分を上手に育てて、
自分を客観視できるようになりましょうと提唱し、
ジュニアを育てるお手伝いをしているようなものなのです。
 
自分を客観的にみつめるという行為はなかなか出来そうで出来ないものですが、
そんな時、瞑想はいい方法だと思います。
 
 


2017年10月22日日曜日

福利厚生倶楽部に登録

 
こんにちは。
皆様、いかがお過ごしですか。
 
このブログも開店休業状態で、月日は流れてしまいました。
2017年も10月下旬。
あと2ヶ月と少しで今年も終わってしまいますね。
 
 
さて、この度、新しいサービスに参加することになりましたので、ご報告です。
 
福利厚生倶楽部という大企業を中心として、
会社の福利厚生の一環として、各種サービスを受けられるグループの
サービス提供者の一人として、登録させていただくことになりました。
 
福利厚生倶楽部
 
昨今、有名企業での過重労働による自殺者が相次ぎ、
ニュースを賑わしたことは記憶に新しいと思います。
 
日本の働き方改革が叫ばれ、
負荷の高い労働条件の改善や、
社員の肉体的のみならず精神的な健康を損なわないための職場環境などが
求められています。
 
そこで、心理カウンセリングのような精神的なケアに関しても、
会社の福利厚生のひとつとして、提供しようということが決まりました。
 
その提供者の一人として、当カウンセリングが選ばれましたので、
少しでも皆様のお力になれればと考えております。
 
心理カウンセリングは、日本での認知度もまだ高いとは言えませんし、
いざ、誰かに相談にのって欲しいと思っても、
どこへ行けばいいのやらと考えてしまう方がほとんどではないでしょうか。
 
このストレスの多い社会です。
目下、悩みを抱えて暮らしているあなた、
一度思い切って、カウンセリングを受けてみませんか。
 
安心・安全な場所で、守秘義務のあるカウンセラーに話すことで、
モヤモヤがスッキリしたり、自分の考えが整理出来たり、
歩み出す道が拓けたりするでしょう。
 
ぜひ、少しの勇気を出して、
ドアをノックしてください。
 
お待ちしております。
 


2016年9月4日日曜日

空椅子に向かって、幼い自分に会いに行く

 
通常のセッションでは認知行動療法を用いて、カウンセリングを行うことが多いけど、、
クライエントさんの状態によっては、『空椅子の技法』という心理療法を使うことが、
時々ある。
 
『空椅子の技法』とは、
自分がまだ未完のまま整理できていない感情や、
子どもの頃のモヤモヤした思いや寂しさ、
言いたいことを言えずにきてしまった相手、
自分の中の対立する考え、体の痛みなどを、
目の前の空の椅子に座らせて話かけることで、
思い切り感情を表に出したり、相対する気持ちや考えを比べたりする技法である。
 
その結果、何かに気づくことも多いのだが・・・。
 
ここのところ、幼少期の自分に会いに行くために『空椅子の技法』を使うことが多く、
どのクライエントさんも上手に時空を遡り、
小さい頃の自分に会うことができている。
 
初めて『空椅子の技法』のことを説明すると、
誰しも懐疑的な表情を浮かべ、
「そんな恥ずかしいことできるかしら」
「人前で泣いたり、いない人に向かって話したり、大丈夫かしら」
みたいな心配を口にする。
 
「駄目なら駄目で気にしないで」と言って、試しにやってみることにすると・・・。
 
意外や、上手に幼い頃に遡ることが出来、
まずは涙が溢れてくる。
 
言葉が上手にでてくる必要なんてない。
演じているような気分がしてしまっては、本当の自分じゃない。
 
その押しとどめようもない涙を流すことこそが大切なのだ。
 
いろいろ我慢するのは体に毒よ。
 
溜めて溜めてストレスでがんじがらめになってしまわないよう、
カウンセリングには『空椅子の技法』なんていう方法もあるのだと、
どこか心の端に留めておいていただけると嬉しいです。

2016年8月22日月曜日

空椅子に座るふたりの少女

 
心理療法のひとつで「空椅子の技法」という技法がある。
 
実際には目の前にいない人、亡くなってしまっている人、
幼い頃の自分、
自分の体の痛み、自分の中で対峙する考えなどを、
空の椅子に座らせ、話すというものだ。
 
本人は目の前にはいないので、そんなことできるのと思われがちだが、
気持ちを集中して、空の椅子と対峙してみると、
不思議とそこに会いたい人が立ち現れる。
 
現れてこないときはその会話はまるで演劇部の練習のように
空々しいものになってしまうが、
うまくスッと意識が溶け込むと、目の前にその人が見えたり感じられたりする。
 
そして、決して言えなかったことを伝えてみたり、
相手の本音を聞いたりすることで、
未完了のものを完結させ、受け入れることが出来るようになる。
 
私の立場はファシリテーターなので、
どんな展開になるのか期待したり、想像したりして臨むことは許されず、
クライエントさんが本当に会いたい人に会えるよう、
ナビゲートするだけだ。
 
そこで、うまく会えていても会えていなくても、無理強いしてはならないので、
自然に会えることを待つ。
 
今日もそうしたクライエントさんが小さな時の自分に会いに行った。
 
するとおもしろいことに同時に4歳と小学校2年生ぐらいのふたりの自分が現れた。
 
一度にふたり、
つまり、過去の自分が、時期の違う形で同時にそこにいるのだ。
 
どちらからでもいいから、大人の自分が話しかけるよう促してみた。
すると話しかけられた小さい方の女の子の気持ちが伝わってきたのか、
みるみる涙が溢れた。
 
幼い頃、ずっと同じ恐怖と悲しみを抱いて暮らしていたせいか、
まるで姉が妹をかばうように、
言葉でうまく説明できない幼子のためにお姉ちゃんが側にいるようだった。
 
空椅子の技法を用いる時には
うまくいったとか、今日は駄目だったとか、思わないようにしているのだが、
今日のケースはこのセッションの不思議を垣間見た思いがした。
 
あえて、理由付けしたり、解釈を加えたりせず、
時折、空の椅子に誰かを座らせて、話してみる。
 
思わぬ言葉が自分の口から飛び出して、
ビックリしたり、何かに気づいたり・・・。
 
そんな「Little SATORI」を空椅子の技法は目指している。